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日本語レッスン

かつては授業がつらかった

「対面授業の方がつらかった」・・・正直すぎてドキッとしたのである。大学で心理学を教えている筆者がコロナ禍で授業が急遽オンライン化したときのことを書いている。筆者は上司に言われてYouTubeで一人語りの授業動画を撮影し、学生に配信することになった。そのとき「これ最高じゃん!」と気づく場面がある。

思い返してみると対面授業の方がつらかった。人の顔色を窺ってやまない私は学生がつまらなそうな顔をしていたり、スマホをいじり始めると傷ついてしまう。

「心はどこへ消えた」 東畑開人 (2021)文藝春秋

教員をしているのに「授業がつらい」とか「(学生の)顔色を窺う」「傷ついてしまう」とか・・・私も自分で薄々気づいていたけど、似たようなことを感じていた。学生の顔色を窺っているつもりはなくても、いちいち反応が気になってしまう。学生が興味のなさそうな表情のとき、眠そうなとき、私語をしているとき・・・認めたくはないけど私はちょこちょこ傷つく。

もちろん、授業が楽しいときもたくさんあった。日本語学校でクラス授業をしたのは2、3年だけど学生に「先生の授業が好き」「楽しかった!」と言われたことは何度もある。(特に試験前だけど)ともかくクラス授業は私にとって刺激が強く、消耗が激しかったのでした。

クラス授業をしていたころは、授業が終わると疲れすぎて、スマホで言えば赤い字でバッテリー5%になっている感じになる。休息で自分をチャージしないと復活できない。だから、同僚がさっさと事務処理を済ませたころ、私はまだ引き継ぎのメールを書いたり、宿題の採点をしたりしていた。何でこれが誤文なのか?・・・考える気力がない。

これは能力の差ではなく、内向型の人の特徴でやる気や気合いではカバーできません。一人で休息する時間が必要なのです。復活までの休息時間もスケジュールに入れないといけません。それを知るまではただ「私はシゴトが遅い、仕事ができない」と自分の能力が低いと思い、どんよりしていました。

そういうわけで、社会人向けの学校(少人数グループ/プライベートレッスン)のに移ったわけですが、業務量も学習者の人数もダンゼン私には合っていました。事務処理が遅いことには変わりはないけど、何しろプライベートレッスンなら宿題の添削もレッスン内にできます。何より、少人数のほうが一人ひとりの話を聞いて内容や進度を調節できるのが良いです。

コロナ以降ほぼオンラインで、コーチングセッションや日本語レッスン、講座をしています。最初はやはり疲れが激しかった。オンラインは時間にも画面にも余白がない。集中力が要るから1時間でも消耗する。画面を切ると同時に自分の頭もOFF。

しかし、慣れてくると「オンライン最高ー!」となったのでした。

人間は自分に合った刺激を欲しがるもの。

「絶対に対面のほうが楽しい」という人もいれば、「ときどきなら対面も良いな」という人もいる。もし、これを読んでいる人が管理職の方で「絶対に対面のほうがいい」「顔を合わせて直接話すべき」という考えであれば、そうではない人もいることを理解して欲しいです。そして、自分に合う環境を選ぶことも大切です。合わない環境にいると仕事そのものが「我慢の時間」になってしまいます

日本語教師になったばかりのころ、特に最初の2、3年は「楽しい」というより、正直授業がつらかった。「早くこの学期を終わりたい。あと10回も授業が・・・」とカレンダーを眺めてため息をついたこともある。楽しいことがあると気分が上がるんですけどね。授業というより、人数の多い一斉授業のスタイルが私には合っていなかったんだな。

今ほぼオンライン、ときどき対面のスタイルにしてから心もスケジュールも平和になりました。

そして、ときどき対面の授業や講座もやってみると、それはそれで楽しいと思えるようになったから驚きです!熱心に聞き入る人やノートをとる姿、講座の終わるときの温かい拍手。人から出る熱が伝わる。楽しいし、満足度も大きいです。

仕事を楽しむために、私のようにバッテリーが長く持たない人は、できるだけ自分の持ち味が活かせる環境とスケジューリングを選ぶようにしましょう。

ABOUT ME
吉田 有美
日本語キャリアサポーター。著書「日本語教師のための はじめてのコーチング」。日本語ボランティア向け「学習者との会話を広げる深めるコミュニケーション」講師として活躍中。個人向けサービス「大人にための自己分析・自己理解」をテーマとするコーチングセッションを行う。日本語学習者への個人レッスンも提供中。